藤本歌唱を考える〜考2:大切〜

藤本歌唱のなんたるかを最も端的に顕している楽曲は実は「大切」であるのだが、
この楽曲はCW曲ということもあってあまり人口に膾炙していない。
本考察はこの類稀なる名曲を皆さんが自ずと聞いてみたくなるように記すことにする。


前奏は、軽調ではあるがリズムのしっかりした打楽器と
「もしもし」という藤本の抑え目の声からはじまる。
台詞から楽曲の背景は異性との電話であることがわかるが
付け加えるなら先に述べたトットットという打楽器がヒロインの心拍、
靴を磨くようなキュキュキュキュという効果音がヒロインの喉の渇きや
決心ごとを前にしたときの落ち着かない心情を表現していることも感じ取っていただきたい。
思いつめた様子でやっと電話をかけることができた女の子をここまでの
全体の雰囲気から何とか感じ取れればこの楽曲の2割程度は理解できたといえる。


A,Bパートでの音楽表現は先ほどのトットットという打楽器と
アルペジオによるギターにシンセの旋律が少し加わっただけのシンプルなものだ。
電話で話始めの緊張感がまだ漂っていることを理解しながら楽曲を聴き進めたい。
大切にしていたCDや写真を整理し、決別する決心がついたと歌う藤本は
序盤であることも考慮し、低め抑えめに歌っているのであろう。
受話器越しという設定のため、声に若干篭ったようなエフェクトをかけているが
鼻頭に声を集約させる例の発声は健在なため、歌声が自然と前に出てくる。
「ah~」という感嘆詞に加え、「ありがとう」の末尾を「wow~」と締めているのが巧い。
緊張感と照れくささが消えきらず、独り言のようになってしまっている感がよく出ている。


Cパートのサビでヒロインは少し吹っ切ることにする。
「好きな人ができました」と最も大切なことを告げるのである。
伴奏も男性コーラスにハープが加わってやや曇りの晴れた明るい感じになる。
ハープには女の子らしい少し華やかで、だけど切ない気持ちが含まれているのがわかるが
男性ボーカルは一体何を意味しているのであろうか。
新しく出来た好きな人とも考えられるが楽曲を最後まで聞くとそうでないことがわかる。
藤本の歌唱も含めてここは結論を急がずに2番の検証に入るとしよう。


2番A,Bパート。
基本的には1番と変わらないが男性ボーカルは残ったまま楽曲が進行する。
もう一つ、さらに重要な変化が歌詞の内容に潜んでいるパートである。
1番Cパートで吹っ切れたせいか、ヒロインの緊張感が薄れ、
相手との会話が徐々に成立しつつあるのがわかるのである。
1番が思い出のCDや写真にしか触れなかったのに比べ
2番では相手に知ってもらいたい心情、これからの二人の関係などに話が及んでくる。
文頭文中文末表現至る所で1番には絶対に無かった
「ねえ」「〜かな?」「〜よ」など自然な会話表現が現れるのが興味深い。
こうして会話に流れが生まれ、歌詞に流れが生じ、楽曲の流れに乗ると藤本は本当に巧い。
「なんだか」に諦めの中で落ち着いた決心、
「私達二人は」に取り戻せない時へのどうしようもない哀愁、
女の子のとりとめのない移ろいを移ろうまま見事に歌い上げている。
多感な心情を歌い分け、しかも全てを心に響かせるのはなかなかできることではない。


しかしこれではまだ藤本とこの楽曲の魅力を十分に語りつくせたとは思えない。
最後のCパートこそが藤本歌唱のなんたるかに最も必要な部分である。


緊張感で鬱積した思いが会話の中で最高潮に達し、堰を切って噴出していくのが
ストーリーの上ではこのCパートの最も重要な役割である。
藤本の歌唱も同様にここで最高潮を迎える。
「好きな人ができました」1番Cパートと同じ歌詞だがこの歌唱はものすごく強い。
特に「が」の発声が藤本独特の有気音である。
つんくをしてロックだと言わしめた魂がこの「が」に全て込められている。


一体好きだった相手に別れを告げることがどれだけつらいか、
泣きたいときに涙を流せぬのがどれだけつらいか、
強がって尚相手の幸せを祈らねばならないとはどういう思いか、
藤本という人間が火のような人間であるからこそ、この思いは
女性らしいしなやかさで語られるのではなく、怒りにも似た強い語調に現れてしまったのだ。
つまり、ここまで楽曲中のヒロインを演じてきた藤本がこの1フレーズまでに
完全にヒロインと同化し、一体化するあまり思わず素の自分を露にしてしまったのだ。
私は初めての視聴でそれを感じ取ったが、興ざめどころか逆に嬉しかった。
藤本という人間を現場で見るよりも近くに感じたのである。これだから藤本は面白い。
これをロックといわずして何をロックと言うのだ。
詞というものは自己だ。自己の魂が詞に宿るのでありそれを楽曲に乗せるのがロックだ。
「大切」というバラードに乗りながら、藤本の歌唱はロック以外の何者でもない。


こう考えるとCパート以降絡んできた男性ボーカルの意味がわかってくる。
あまりにも強い藤本のロック魂を男性ボーカルで逆に和らげようというのだろう。
最終パートで藤本がもう一度声を抑えて「もう心配はいらない」と繰り返す。
何から何まで至れり尽くせりに練られていることがお分かりであろうか。
私が考える藤本楽曲の中で、最もお勧めの一曲である。